私たちは今、「カレンダー」で1年を感じています。
けれど昔の日本では、月の形や太陽の高さ、風のにおいで季節を知っていました。
では、日本の暦(こよみ)は、どんな道のりをたどって今の形になったのでしょうか。
その歴史を、やさしく振り返ってみましょう。
1. 暦のはじまり ― 空を見上げる時代
6世紀ごろ、まだ日本に「暦法(れきほう)」がなかったころ、人々は 太陽の高さや月の満ち欠け、草木の芽吹きや鳥の声を頼りに季節を知っていました。
「今日は暖かい風が吹いたから、もう春が来るね」
そんな自然との対話が、最初の“暦”だったのかもしれません。
2. 飛鳥時代 ― 暦が海を渡ってきた
553年、百済(朝鮮半島の国)から「暦博士(こよみの専門家)」が日本に招かれました。
これが、暦が日本に伝わった最初の記録です。
当時使われていたのは、中国の「元嘉暦(げんかれき)」という暦。
こうして日本は、月の満ち欠けと太陽の動きを組み合わせた「太陰太陽暦」を学びました。
3. 奈良時代 ― 具注暦(ぐちゅうれき)の登場
奈良時代には、暦に吉凶・方角・星の動き・行事の注意点などを記した「具注暦(ぐちゅうれき)」が使われるようになります。
農作業や結婚、旅立ちの吉日など、生活の知恵がたっぷり詰まっていました。
実はこのころから、地域ごとに少しずつ違う暦が生まれていました。
“その土地の自然と人の暮らしに合わせた暦”が作られていたのです。
4. 平安時代 ― 宣明暦(せんみょうれき)と丙午(ひのえうま)
862年、日本では「宣明暦(せんみょうれき)」が導入されました。
これは、中国・唐の暦をもとにした太陰太陽暦で、なんと 約800年間(1684年まで) も使われ続けたのです。
この時代の暦には、「干支(えと)」や「子の刻(ねのこく)」「丙午(ひのえうま)」といった言葉が登場します。
今でも聞き覚えがありますよね。
それだけ、宣明暦が日本人の時間感覚の基盤になっていたということです。
5. 江戸時代 ― 日本人による暦づくり「貞享暦(じょうきょうれき)」
1684年、江戸の天文学者・渋川春海(しぶかわはるみ) が、初めて日本独自の暦「貞享暦(じょうきょうれき)」を作りました。
彼は星を観測し、日本の経度や緯度に合わせて暦を修正しました。
中国の暦をそのまま使うのではなく、「日本の空に合った暦」を作ったのです。
この頃、地方ごとにも「地方暦」が作られ、農作業や祭りの日取りを地域の気候に合わせて調整していました。
6. 世界を見て学ぶ ― 授時暦と回回暦
一方で、中国では13世紀に「授時暦(じゅじれき)」が完成しました。
これはイスラム天文学の影響を受け、太陽と月の動きを正確に捉えた優れた暦です。
さらに、イスラム圏で作られた「回回暦(かいかいれき)」も日本に伝わり、天文学や数学の発展に役立ちました。
当時の人々は、世界の知恵を吸収して自分たちの暦に活かしていたのです。
7. 明治時代 ― 太陽暦(グレゴリオ暦)への改暦
1872年(明治5年)、日本政府は太陰太陽暦をやめ、世界共通の「太陽暦(グレゴリオ暦)」を採用しました。
翌日がいきなり新しい年――
12月2日の翌日が、明治6年1月1日になったのです。
時間の流れは、自然から「西洋式の時計のリズム」へ。
けれど、今でも旧暦でお祭りやお月見をするのは、私たちが自然の暦を心のどこかで覚えているからでしょう。
おわりに
暦の歴史をたどると、日本人がいつも「自然とともに生きよう」としてきたことがわかります。
月を見上げ、太陽を感じ、風の音に耳を傾ける。
それは昔も今も変わらない“時間の感じ方”。
たとえ現代のカレンダーを使っていても、
心の中に「旧暦の感覚」を持っている――
それが日本人の美しいリズムなのだと思います。
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